休学した私がピースボートで世界一周した理由|大きな転機となった3ヶ月半の体験談

世界一周

みなさまこんにちは、はれるやです☀️

今回は「適応障害で休学した私が世界一周に参加した理由」について書いていきたいと思います。

適応障害で大学を休学した私は、「この1年間をただ休むだけで終わらせたくない」と思い、ピースボートで世界一周することを決めました。

今振り返ると、この旅は病気を治すためのものではなく、自分がどんな人生を歩みたいのか考えるきっかけになった大きな経験でした。

今回は世界一周へ出ようと思った経緯や理由を中心に書いていこうかと思います。

世界一周中の詳細(乗船直前までの生活、持ち物、乗船中の過ごし方等)については別記事で書く予定です。

私の休学した経緯

学校で何があったか

高校時代の進路選択の際、自分の興味のあった心理学科ではなく、超・他人軸な理由で選んだとある理系学科を志望。

無事進学するも色々あり、適応障害になって休学することに。

↓詳しい経緯はコチラの記事で↓

休学した直後

最初は「メンタルやられた分、この1年間好きなことして、だらけまくってじゃんじゃん回復していくぞーー!」って感じでした。

最初はゲーム三昧の日々

最初の方は、思いっきり昼まで寝たり、積みゲーを消化したり、忙しくてなかなか手がつけられなかったオンラインゲームのレベリングやストーリーを進めたり、買っただけで読めてなかった本を読んだり・・・それなりに楽しんでいました。

しかし、数日経つと次第にそれらに飽きてきて、

バイト以外何もすることが無ぇ!

と、暇を持て余すようになりました。

暇がどんどん苦痛に・・・

暇になるとついつい先のこと(主に復学後のこととか)を考えてしまって不安に。

不安に押しつぶされる日々とか・・・これじゃあ何のために休学したんだ・・・

そこで私は休学中にやっておいた方が良いことを調べるようになりました。

↓私的にやって良かったこと・やるべきことはコチラの記事にまとめました。まだの人は見てね↓

まずはじめに取り掛かったのは・・・

まず、私は何に取り掛かったのは災害ボランティアでした。

その年は豪雨災害が多かったため、主にやったのは土砂の掻き出し作業でした。

これらのおかげで外の世界へ出るきっかけとなりました。

そして例のポスターとの出会い

県内の災害ボランティアに何度か参加したのち、県外へも足を伸ばすようになりました。

現地のボランティアを終え、時間も遅いし翌日の朝の便で帰ろう、と寝泊まりしたネカフェのトイレの個室であるものを目にしました。

それが例の、

PEACE BOAT 地球一周 1〇〇万

というポスターです。

普段なら「いや時間的にもお金的にも無理!」とかでスルーしていたポスターも、「時間の有り余ってる休学中」「誰にも邪魔されない静かな個室内という環境」が揃うとついつい意識するように。

クルーズ期間を見てみると丁度休学期間内だったんですよね。

そこでふと思ったんです。

これは行かなきゃ損だ・・・

そしてトイレから出た直後にピースボート説明会の予約しました。

随分と思い切った決断だな、と思うかもしれませんが

  • 若いうちに世界一周できるのは基本的に学生のうち(休学中というタイミングでしかできないことをやりたかった)
  • 20ヶ国くらいいけるので、それぞれの国の観光地をめぐったり、文化や気候の違いがたくさん体感できる
  • 安全がある程度確保された状態で旅行ができる
  • 実際に乗船した人たちが、ネット上に「価値観が変わった」「下船した今でも乗船者同士と交流がある」ということを投稿していた
    (あと他の方が書かれた「休学中にすると良いこと」リストの中にも「世界一周」って書いてあった)

これらが100万程度で叶うのはめちゃくちゃ安いと思いました。(もちろんお土産代とか、パスポート代、保険代などは別途でかかりますが・・・)

怪しいなーとは思わなかった?

このポスターに出会う数年前、テレビで「街中でよく見る謎のポスター」としてピースボートの特集が放映されていたのを見ていたので、怪しさは感じませんでした。

周りの反応

家族の反応

後日、私の両親に勇気を出して「ピースボートに乗りたい」ということと、「後で返していくので船賃を出して欲しい、また帰省した際に詳細を説明する」ということをメールで伝えました。

数分後、「やめておいた方が良い」との返信が。

でも、やはり若いうちの世界一周は基本的には学生の時ぐらいしかできないものだし、多くの人にとってはなかなか味わえない経験がたくさん積めるチャンスを逃したくありませんでした。

同じ乗船者たちもきっと、良い意味で「はみ出し者」だと思うので、彼らからたくさん刺激を受けていろんな視野を広げたかったです。

そのさらに数日後、実家に帰省した際に行った中華料理屋で上記のような事を話し、無事ピースボート乗船の許可を得ました。

家じゃなくて中華屋で相談したのは緊張を紛らわすためでした。

休学中に海外に行く罪悪感はなかったか

ほとんど無かったですね。

「適応障害で休学したのになんで海外行くんだよ!」と思われるかも知れないという思いは少なからずありました。

でもよくよく考えれば「”適応障害を発症して”休学した」と伝えたのは家族だけで、大学の先生を含む他の人には「”色々挑戦したいから”という理由で休学した」と伝えていたので別にいいか、むしろ辻褄が合うし、と思いました。

そもそも当時インスタもXもやってなかったし、友達もいないに等しかったし、休学してから部活の人たちと関わることもなかったので言う必要・機会はなかったし、休学中にLINEのデータ引き継ぎに失敗し、登録データが全部吹っ飛んでしまったので、他の人からこちらが何をしているか知る由もありませんでした。

もし仮に旧LINEデータ吹っ飛ばず、周りに「適応障害で休学した」と伝えてしまったとしたら…

もし、逆に友達もいて、SNSもやってて、休学する際に正直に「適応障害になっちゃって…」と伝えていたら、多少罪悪感を感じるかもしれません。

でも逆の立場になって考えてみると、適応障害で休学した友達が、最終的に海外へ行けるようになっているとほっとします。

それができるくらいには回復したんだなーって。

海外なので、言葉の壁で大変な思いをしてないかな、トラブルにも見舞われたりしないかな、と心配にもなりますけども…

「うぇーい!まじか!お土産話とお土産楽しみにしてるわ!気をつけて楽しんでな!」とコメントするかもしれません(笑)

費用に関して

乗船するには船賃100万ちょい(当時)にプラスしてパスポート代、保険代、ツアー代、船内や現地での食費、お土産代などがかかってきます。

費用は決して安くありませんでしたが、ボランティア制度を利用して一部を自分でまかない、残りは家族に借りました。詳しい費用や制度は別記事で紹介しています。

1人参加は怖くなかったのか?

そこもあまり怖くなかったです。

他の乗船者の方のブログや、説明会でも「ほとんどの参加者は1人参加」と説明されたからです。(実際そうでした。)

また、同じピーセンでボランティア活動していた人の中にも、私と同じクルーズに乗る人もたくさんいました。なので、事前にどんな人と一緒に乗船するのかがある程度わかります。

ただ、寄港地を一緒に周ってくれる人がいるかが不安でした。(語学力の無さと、トラブルへの不安から、1人で周るのが不安な為)

実際に参加してどうだったか

滅多にできない経験ができたのと、何かへ挑戦する勇気がついた

船上という普段生活している環境とは違う環境で生活するのは新鮮でもありますが、色々制約されているところもあるので正直ちょっと疲れるなぁと感じることもありました。

3ヶ月ちょい、狭い空間で同じメンバーで過ごすこととなるので、仲良くなった人とたくさん関わり合える分、トラブった時や相性の悪い人がいるときついです。

また、「世界観が大きく変わった」とネットやリアルでいろんな人が言っていましたが、私は旅の途中・下船直後は正直そこまで感じませんでした。

しかし、後になってじわじわそれに気づいてきました。

寄港地において

まず各国の観光地や景勝地を生で見られたこと。

普段テレビやネットの画像でしか見られなかったものを実際に見てみると圧倒されます。

テレビや雑誌でしか見たことのない芸能人に実際に会う感覚。

香港 100万ドルの夜景

香港の100万ドルの夜景。街の喧騒から離れた静かな場所で綺麗な景色を楽しめた。

ギリシャ パルテノン神殿

ギリシャのパルテノン神殿。教科書でしか見たことがなかった建造物が目の前に。

一緒に回ったメンバーとわちゃわちゃしながら、じゃんけんで負けたらタクシー代や、このレストランのこのメニューの代金を支払うみたいな学生ノリもしました。

寄港地を回っていく上で、やはりある程度の英語力も求められます。幸い一緒に回ったメンバーの中に英語がある程度話せる人がいたので、そこまで難しい英語を話す・聞く必要はありませんでしたが、お店で何かを頼む・お土産を購入する際などは当然ですが自分で話さないといけません。「実際に話す」ことによって英語力が少しばかりですが鍛えられました。

グリークサラダ

ギリシャのレストランで頼んだグリークサラダ。そこのレストランはメニューがほとんどギリシャ語表記。ので掲載位置と僅かな英語表記でどういうものなのかを判断するしかなかった。サラダは美味しかった。

あと海外に行くと、よくしつこいセールスに遭います。

彼らに遭遇すればするほどキッパリと断る力が身につきました(苦笑)

船内において

基本ネットは使えません。

毎日ネットが使えない中、どう1日を過ごすかといった「工夫力」が問われます。いかに自分が普段からネットに依存してきたかを思い知らされました。

ただ、毎日(寄港日以外)船内で講演会やゲーム大会、同じ趣味を持った人たちの集まりなど様々な企画をやっているので基本退屈はしません。

企画に参加以外だと、ウォークマンで音楽を聴いたり、日記を書いたり、読書したりしていました。

制限された環境で、いかに楽しむかを考える力や、日記や読書による文章力の向上が培われた気がします。

他にも、ひたすら絵を描いたり、ボードゲームやトランプで遊んだりしている人や、企画の主催やその音響などのサポートで一日中忙しくしている人もいました。ようやりますわ。

今振り返って思うこと

人生には色々な生き方があることを知れた

もちろんそのようなことは頭では分かっていました。

しかし、本やネットで知るのと、他の人とは違う生き方をしている、変わった経験をしてきた人たちと実際に会う・囲まれて過ごすのとでは実感力の高さが違いました。

若くして就職せずフリーターとして働いている人、社員として働いてきたけど人間関係や長時間労働に耐えれずに短期間で辞めた人、身体障害や発達障害を抱えている人、乗船前に1人でバックパッカーの旅をした人など・・・

今となってはそういう人がいるのは当たり前かも知れませんが、当時の私や世間にはまだ「学校を卒業して、良い会社に入って、定年までそれを続ける」という価値観が残っていたので彼らとの出会いは印象深かったです。

その経験が、「普通というレール」からの外れやすさ、そして人目を気にせず自分のやりたいことをやる行動力につながってきたんだと思ってます。

当時の私には、大学以外の世界を見る経験が必要だったんだなぁ。

あと、同じ県出身の人も意外といたことに驚き。そして他県出身の人で、私の出身県のファンもいました。年に何度も車で旅しにきているそう。正直超絶田舎で何もないと思っていた場所を、こんなにも魅力的に思っている人がいるんだと思うと、もっと地元の魅力を知り、誇りに思うべきだと反省。

もう一度行きたいかと言われれば・・・?

正直もう良いかなと思ってます(笑)

3ヶ月半のほとんどをネットの使えない船内で過ごすのはキツかったです。

自宅の布団や、家族、付き合っていた恋人、当時ハマってたゲームセンターの音ゲー・・・陸上の色んなものが恋しかったです。旅の途中、何度も夢に出てきて目が覚める度「あぁ・・・」という朝っぱらからの空虚感を味わいました。

船内での人間関係のトラブルもありました。

あと15Kgも太りました。自分史上最重です(笑)今まで太ったことなかったのに!!(後のジム通いという趣味・習慣に繋がっていますが)

ただ、本当に「行って良かったな」と強く思っています。

今回の旅での経験が、人生の大きな大きなターニングポイントと言っても過言ではありません。

実際、乗船前の自分と比べて、人目気にせずやりたいことがやれている=自分軸が整っているな、と感じています。

本当に世界一周を許してくれた両親には感謝しています。貸してくれた船賃はちゃーんとコツコツ貯めていってますヨ。

終わりに

私にとっては世界一周が人生を見つめ直すきっかけになりましたが、休学中の過ごし方は人それぞれです。

「何をしたらいいか分からない」という方は、私が実際に休学中にやって良かったことをまとめた記事もぜひ参考にしてみてください。

また、ピースボートについては、費用や持ち物、船内生活なども別の記事で詳しく紹介していく予定です。

世界一周が人生を変えたのではなく、「自分で挑戦する」と決めたことが人生を変えたのかなと思ってます。

はれるやでした☀️

この記事を書いた人

都内住在のフリーター。旦那とLOVOTのわらびと暮らす。
内向的×自称芸術家タイプブロガー
大学時代、人間関係による適応障害により1年間休学。そこである程度自分軸を取り戻す。
アルバイトから一旦正社員に昇格するも人間関係と仕事の忙しさから再び適応障害を発症し、1ヶ月間休職→そのまま退職
元・精神障害者保健福祉手帳3級持ち。(回復したため更新せず)
日記が趣味。レトロなものと運動と温泉(銭湯)と位置情報ゲームが好き。

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