休学に至った体験談|休学して気づいた、“普通でいなきゃ”の呪いからの解放

休学・休職

こんにちは、はれるやです☀️

大学生活って「楽しいはず」「みんな同じように頑張ってる」と言われがちだけど、
他人軸100%で学科を選んでしまった私はその“普通”にどうしても馴染めませんでした。

ある日、グループワーク中にふと思いました。

あ、これは限界かもしれん・・・

そこから心が削れていく感覚が続き、最終的に私は“休学”という選択をしました。

今振り返ると、その経験が結果的に休学という大きな決断につながり、私自身を見つめ直すきっかけになったと思います。

今回は、私が休学に至った理由と、その時どんな気持ちで過ごしていたのか、
同じように悩んでいる人の心が少しでも軽くなるように、正直に書いていきます。

この記事でわかること

  • 他人に合わせて進路を選ぶとどうなるか、筆者の実体験
  • 大学生活で行き詰まった時の心の変化と、休学を決意した理由
  • 休学期間中に感じたこと・やってよかったこと
  • 「休学=逃げじゃない」と思えるようになったきっかけ
  • 復学後に見つけた、自分らしい生き方とは
  • 人間関係で辛い思いをしているのはあなただけではないということ

休学に至った理由

結論を言いますと、

  • 入学する学科を他人軸で選んでしまい、それが徐々に自分を蝕んだ
  • 1人から陰湿な嫌がらせを受けた

の2点です。

人に流されまくりの高校生活

基本的に多くの高校では、1年生の後期ごろに文系クラスに進むか、理系クラスに進むかの選択をするかと思います。

私自身、本当は心理学(文系)に興味がありました。

しかし、私の学校は自称進学校だったのと、同学年では全国模試で上位を取るような猛者が大勢いて

“医者になりたい”

“薬剤師になりたい”

という超優秀な人たちを始めとした理系志望者が例年よりも圧倒的に多くいました。

また、私と一緒にいた友達もほとんど理系志望者でした。友達のいない文系クラスで果たしてやっていけるのだろうかという心配から、わずかな自分の気持ちを無視し、彼らに合わせて理系クラスを志望してしまったのです!

(ちなみに私の成績は、常に最下位付近。特に理系科目においては赤点常習者でした。)

高校卒業後の進路選択の際も、自分がやりたい・興味のある学科ではなく、周りが理系を選んでいるからといって、理系の学科を選択してしまいました。あと、理系に進んだのに文系目指すなんて・・・ということを気にしてたのと、理系の方が文系に比べて将来安泰であると聞いたのもあります。もう100%他人軸ですね。

なんとか大学の入試に合格し、無事大学入学を果たしました。

無事大学入学!しかし・・・

何の学科かは書くと大学バレしそうなので伏せさせていただきますが、その学科では、いろんな人とコミュニケーションを取りながら授業や課題が進行していくものも少なくなく、内向型(ソリタリー気質?)な私にとってはとても憂鬱でした。

普通の座学は好きだったんだけどなー

無事卒業できるのか不安な毎日を送っているうちに、朝起きるのが辛くなり、次第に食欲も落ちてきました。

事件が起こったのは、授業で行うグループワーク課題の時でした。1学期を丸々話し合い・課題進行に費やして、期末にそれを発表をする感じのものです。

そのグループの中にリーダーとサブリーダーがいるのですが、そのサブリーダーの女性に陰湿な嫌がらせを受けたのです。

当時、グループの中で私に対して厳しい言動を取っていました。とても辛くて、正直毎日が憂鬱でした。

私が仕上げた課題用紙を投げつけるように、あるいは叩きつけるように寄越してきて「こういうとこ全然書けてないんだけど」だの「ここの記述はどういうことなの!?」とか。後々考えてみれば普通に揚げ足取りでしたが。他のメンバーにはそんなことしないのに。むしろフレンドリーに話しながらやってるのに。

あと私が話しかけても無視したり、校内ですれ違う時普通にわざとぶつかってきたりしました。

ぶつかりおじさんかーーい!!

授業以外にも空きコマや1限前・放課後を使ってメンバー同士が集まって課題を進行させていました。その際、アルバイトや他の授業が入っているなどでリーダーが不在の時には、サブリーダーの人が各々のメンバーに対して次回の集まりの日時やその時までやっておく課題を共有するのですが、私にはほとんどその情報を回してくれませんでした。

当然、リーダーからは、集まりへの参加頻度が低いと詰められます。

ここで、「情報が流されてなかった」とリーダーへ反論すればよかったものの、もうこの時点で私のメンタルはそれができないほどにやられていました。

しまいには発表を目前としたタイミングで、私が作成した課題用紙(発表で使うものも含む)を隠されて、私がメンバーに大迷惑をかけることになったという始末・・・(最初自分の管理不足で失くしてしまったのかと思ったけど、学校にいるときは確かにあったそれらが家に着いてから確認すると無いのは明らかにおかしい。ただ証拠がないので必ずしもその女性の仕業とは限らないのだが・・・)

もちろんこれも、反論しろよって話ですが、その時はもうマジで心身の状態がこの上なく悪く(特に食欲。1日にゼリー飲料1個と小袋に入ったお菓子1つしか食べられない状態)、それどころではありませんでした。

そして心療内科で「適応障害の傾向がある」と言われた

※あくまで私個人の経験です。似たような状態を感じる場合は、医療機関や大学の相談窓口など、専門の方に相談するのがおすすめです。

そこで思いました。「あ、これは”休学”しないとやばいわ」

そこから両親や大学の先生方と相談し、休学の手続きを進めました。
苦しい中期末試験を終え、1年間にわたる休学生活が幕を開けたわけです。

休学を許してくれた親には感謝しかありません。

ちなみに私にだけ当たりの強かったそのサブリーダーの女性をよく知る先生は、「見た目や雰囲気によって態度を変える癖があるみたいだ」と言っていました。
当時の私は確かに、自虐とか全くなしに化粧は上手と言えなかったし、メガネだったし、髪にも無頓着だったし、当時の自分からしてみればオシャレだと思って着ていた服装も、今振り返ってみると田舎感が抜けてなかったです。
例えば薄化粧(ほとんどファンデとリップとアイシャドウだけ)、メガネ、セットしてないアホ毛まみれのうねった髪、横ボーダーのTシャツに紺色のガウチョパンツ、というザ・腐女子みたいな感じ。

実際BL大好きだったもん

例え先輩でもそんな感じの人には、何か頼まれた際に「自分でやれば?」とか「それは私の仕事じゃないんで」とか言って突っぱねていたそう。ちょっと”モンスター社員”みたいな雰囲気。

社員じゃないけど

とはいえ、その女性自身も決して派手な見た目なんかではなく、むしろ地味です。当時の私ほどではないですが。

結果的には休学してよかった

  • まず休学という大きな一歩を踏み出せたことで自分軸を持てたという自信に繋がったということ。
  • 「しんどい事」「やらないといけない事」から解放されたこと。
  • 予定が空白となったこの1年を自分なりにどう創り出していくかを考えて行動できたことで、また自分軸を取り戻せたこと。
  • それによって彼氏(今の旦那)ができたこと。
  • 世界一周、災害ボランティア、長期の帰省など、休学中だからこそできたことを経験できたこと。
  • 人目を気にしなくなったこと。

・・・と、私にとっては自分の人生で大きなターニングポイントだと思ってます。

結局復学後は、高校時代に興味があった心理学部に転学科することにしました。
前の学科に比べて就職のしやすさは下がりましたが、本当に楽しかったですね。

復学してから友達は1人もできませんでしたが、それで良かったんです。授業は楽しいし、誰かに邪魔されることなくおひとり様キャンパスライフが楽しめたのでハイパー幸せでした。

これからも私は、自分軸で、気楽に、でもちゃんと自分を大事にしながら生きていこうと思います。

この記事が、似たような悩みを抱える誰かの心を少しでも軽くできたら嬉しいです。
はれるやでした☀️
※この内容は筆者個人の体験に基づくものです。医療的な診断や助言を行うものではありません。
この記事を書いた人

都内住在のフリーター。旦那とLOVOTのわらびと暮らす。
内向的×自称芸術家タイプブロガー
大学時代、人間関係による適応障害により1年間休学。そこである程度自分軸を取り戻す。
アルバイトから一旦正社員に昇格するも人間関係と仕事の忙しさから再び適応障害を発症し、1ヶ月間休職→そのまま退職
元・精神障害者保健福祉手帳3級持ち。(回復したため更新せず)
日記が趣味。レトロなものと運動と温泉(銭湯)と位置情報ゲームが好き。

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