前回の記事のあらすじ
前職のテイクアウト・デリバリー専門店で社員登用され、見事正社員となった私。
しかしそのタイミングで店長が代わり、新しく着いた店長がまーパワハラ気質でした。
1ヶ月ぐらい頑張って働き、なんとか脱出出来た私。しかし正社員としての転職活動をする元気は無かったので、とりあえず自宅から通いやすい場所でアルバイト求人を探しました。
今回応募したのは“製造業”。
製造業は基本的に接客がないので、前職よりも黙々と作業に集中できるので、接客は嫌いではないが大人数を相手していると疲弊してしまう(一人一人に愛想全力投球してしまうので)ような私にはちょうど良いかなと思いました。
製造といってもライン作業ではなく、基本手作業で作るので退屈はしません。仕事内容は、主に仕出弁当などで使用されるおかず作りやオリジナルソースなどの調味料作りです。
いざアルバイト入社!
めちゃくちゃ楽しかった!!です
我ながらにナイス自己分析をしたと思いました。
少なくとも見えを張らずに渋谷や原宿などにあるおしゃれな店で接客・・・みたいな仕事を選択しなくて良かった。
私に取って良かった部分は
- 基本的に黙々作業・シングルタスク
- 基本1から手作業なので退屈しない
- 接客がないので集中している時に来客によって作業を中断されることがない
- 電話応対も基本なし、あったとしても対業者(対個人客ではないので変に怒鳴られたり失礼なことを言われる心配がない)
- 休憩は好きな時間に取って良し
- 簡単だけど賄いあり
こちらも最初は4~5時間くらいでシフトを出していましたが、すぐにフルで働くようになりました。8時間なんてあっという間。「うえーまだ出勤して3時間しか経ってないのかよ」じゃなくて、「やべ、もう3時間経ってる!?」って感じ。
普通に1日10時間のシフトで働いた時もありましたが、不思議としんどい感じはしませんでした(全く無かったわけではないですが)。仕事が合えばちゃんと働けるんだなぁと再び実感しました。
逆に大変だったことといえば、
- 結構重いものを持ち運んだりする(10kg超えのものとかザラ)
- スピード重視であること
- 冷凍・冷蔵室に出入りするので特に冬場は地獄
- とにかく衛生面に厳しい(掃除も汚れ一つ残さないレベルの拭きあげ・器具洗浄・床掃除が求められる。当たり前だけど。)
これくらいでしょうか。特に重いものを持ち運ぶ際は腰を痛めるリスクがあるので、とにかくぎっくり腰が心配でした。ただいずれも私にとっては許容範囲内でした。
最初は失敗こそしたものの、器具の配置とか無駄な作業の削減など色々と試行錯誤しながら、作業スピードをぐんぐん上げていきました。
上司にも感謝され、失った自己肯定感をどんどん取り戻していきました。
そして1年半後・・・
私に社員登用の話が来たのです。
再び正社員にチャレンジできると思った私は

これでまた安定と社会的地位を手に入れられるぞ!

楽しかったし、ここならやっていけそうでしょ!
という思いでその提案を承諾したのです。
今の私がタイムスリップできるなら止めにかかるであろう。

オイオイオイ
死ぬわお前
新しい部署:なんか・・・体育会系の無言修行みたいな世界
正社員になってから配属されたのはアルバイト時代と同じく”製造部”・・・
ではなく
品質管理&開発補助みたいな部署。
工場の中でも特にスピードと正確性が求められる部署なわけです。
つまり
- 早く
- 正確に
- ロスを出さずに
- 考えながら即対応する
が標準仕様な部署なわけです。「思考と行動を高速同期させろ」が求められる世界です。
しかし、脳内富良野のラベンダー畑に負けないくらいのお花畑だった私は、今までの経験から「まぁ、最初は大変だろうけど食らいついていけばなんとかいけるっしょ」というマインドでした。
上司の存在:正しいのに怖い人

新しい部署の上司は、いわゆる“職人気質”なタイプでした。
飲食店時代の例の店長と違い、怒鳴ることも、人格否定することも一切ありません。
むしろ、誰より冷静で誠実で、”上に立つ人間”として本当に尊敬できる人でした。
でも、怖かった。
ミスをしてもそれを学びとして捉え、次から気を付けてくれれば良いという人でした。
逆を言えば、何度も同じようなミスをすると怒られる。
作業に取り掛かる前に過去に何を言われたかな、と自分の記憶と必死にとったメモを探るも、とにかくスピードを求められるわけなので、100%思い出し切る暇もなく、時間と少なくない業務量に追われていっぱいいっぱいになりながら作業→そして同じようなミス→怒られる
例え同じようなミスは避けられても今度は別のところでミス。
怒られない日はありませんでした。
考える前に「間違えたらどうしよう」が先に浮かぶようになりました。
分からない、これどうやるんだっけ、と思ったことがあっても怖くて聞けなくなってきました。
最初の頃は色々と褒めてくれた上司も、次第にそれがなくなっていき、次第に私自身を無能・社会にいらない存在だと責めるようになりました。
同僚との関係:優しいのに刺さる人たち


同じ部署には正社員の子と優秀なアルバイトがいました。
2人とも私よりも年下。そして普段は面白くて良い人でした。雑談で盛り上がったりもしていました。
ただ、言葉が鋭かった。言ってることは正しいんだけど・・・

先週なんて説明したっけ?

私、そんなふうに教えました?

それ効率悪いね
あ、えっと、その・・・
看護実習か何かでしょうかーー??
もちろん口や体内に入れるものの品質に関わる仕事をしている以上、お客さんの健康や命が私たちにかかっているのは医療従事者と一緒かもしれません。
でも、ゴリラよりも繊細な私の心はかめの子たわしでガシガシ擦られるように削れてくのです🦍
私は仕事を「覚える」より先に、失敗しないための「身構え方」を覚えていき「毎日これで合ってるかなぁ」「また何か言われないかなぁ」と心の中で怯えながら作業をしていました。
上司同様、だんだんと彼らとコミュニケーションを取るのが怖くなってきました。
これから1年に255回も、例え世間がGWや祝日を謳歌している裏でも、怒られ詰められ続けなければならないのか・・・とも思うようになりました。
そして身体が先にギブアップ宣言
ある日、休憩室で唐突に涙が出た。
怒られたわけじゃない。
嫌味言われたわけでもない。
ただ、
脳が限界突破した。
・出勤前に動悸
・食欲不振(特に朝は)
・休日なのに手順が頭から離れない
あ、こりゃ普通じゃないわ・・・と思い休憩中、即日診療ができてその日に診断書を発行してくれる心療内科を探して予約をしました。
そして病院行ったら診断名つきました。
”適応障害”
あ、やっぱり?って感じ。
むしろ医者の言葉で「救われた」気がしました。
症状が出始めた段階で病院に行っておいてよかったです。大学生の時の、休学前の経験が生きたのかもしれません。
そしてその日の夜、上司に診断書の写真と共に翌日より休職したいという旨をチャットで送信。
そして上司の了承を得、1ヶ月の休職期間が始まったわけです。
休職期間を終えて
・・・実を言うと1ヶ月では足りませんでした。
休職期間終わり間際に、医者から「まだ治りきっていない」と言われました。
だけどあいにく貯金はほとんど無し。休職期間中は給料が出ないので、このままだと生活できなくなってしまう。けど復職すれば再発してしまうことは目に見えている。二進も三進も行かない状態です。普段から生活防衛資金を貯めておくべきだったなと反省。
そして私は復職せず、勇気を振り絞って退職を申し出たのであった・・・
仕事のできない私を一生懸命育てようとしてくれた上司やメンバーたちには感謝と申し訳なさでいっぱいでした。でも自分を守るためには仕方のない選択だったのです。
ちなみに、私の退職が確定した瞬間、チャットワークのメインで使用しているグループチャット以外のトークルームからは速攻で追い出されました。もちろん残っていたって全く意味ないし、企業からすれば情報流出のリスクもあるので仕方ないっちゃあ仕方ないですが、「やはり彼らにとっていらない存在だったんだな」とつい余計なことを考えてしまいました。あー悪いクセですな。
そしてフリーターというリスポーン地点へ
私は今、自宅から通いやすい場所で再びフリーターとして働いています。
仕事もなんとか覚えて、今は楽しく働けています。
私の欲しかったものは、社会的地位でも安定でもなかったようです。
今までの人生を振り返ると、フリーターとして働いていた時期がすっごく幸福度が高かった。
環境が合わなかった、正社員特有のプレッシャーに激弱すぎた、超絶芸術家タイプ故なのかチーム作業が苦手、そして(バイトの多い職場の場合は特に)采配力がないのもありますが、一番は休みが自由に設定できなかったというところかもしれません。
その職場で正社員として働く場合、年休は110日。前職よりは少し多いとはいえ、全体で見ればちょいと少ないです。
飲食店の時を含め、アルバイト時代は基本完全週休2日(フルタイム)、月1で3連休、大型連休はとりあえず出勤して、連休明けに自分が連休をとるという形にしていました。やはり頑張るときは頑張って、休みは自分で決めたいっていうのが私の本音だったようです。
私は社会不適合者、ではなく”社員不適合者”なのかもしれません。
例え仕事に対する能力があろうが、自分の性格と職場の環境が合わなければ意味がありません。しかもそういうのって実際に入社しないと分からないんですよね。
働くってほんと相性。私みたいなヤツは不良品じゃなくて、型番が違うだけ。
最近そのようなことを実感しているはれるやでした☀️🦍

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